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浦和地方裁判所 昭和36年(ワ)125号 判決

原告 鈴木周作 外一名

被告 前橋ブロツク建材株式会社 外三名

主文

被告前橋ブロツク建材株式会社、同高橋武俊および同竹内商事有限会社は各自原告鈴木周作および同鈴木ミツに対し各金二五万円およびこれに対する昭和三四年一一月二三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告竹内進に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告らと被告前橋ブロツク建材株式会社、同高橋武俊および同竹内商事有限会社との間においては全部右被告らの負担とし、原告らと被告竹内進との間においては全部原告らの負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

原告ら訴訟代理人は、「被告らは各自原告両名に対し各金二五万円とこれに対する昭和三四年一一月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告らは訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因およびそれに対する答弁

原告ら訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告高橋武俊は、昭和三四年一一月二二日午前一一時二〇分頃普通貨物自動車(トヨタ一九五八年、DA型、SDA一〇八六六、群のす一六七七号、以下本件自動車という。)を運転して埼玉県北足立郡北本町大字北本宿四七四番地先道路上を進行中、道路左側を自転車に乗つて同一方向に進行中の訴外鈴木武彦(当一六年)を認め、これを追い越そうとしたが、かかる場合自動車運転者は前車との衝突を避けるため、前車との間に相当の間隔を置くなどして、できる限り安全な方法で進行すべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠り漫然と右自転車との間隔不十分のまま、これを追い越そうとした業務上の過失により、右自動車を右鈴木武彦が乗つていた自転車に接触させ、同人を道路上に転落させ、よつて同人を同日午後一時三五分頃同県鴻巣市大字上生出塚二三一番地山崎病院において頭蓋骨粉砕骨折のため死亡するにいたらしめた。よつて被告高橋武俊は、民法第七〇九条に基き右事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

二、被告前橋ブロツク建材株式会社は、本件自動車の所有名義者である。すなわち、本件自動車の登録名義人であり、かつ自動車損害賠償保障法による保険の加入名義人でもある。

被告竹内進は、本件自動車を購入した者で実質上の所有者であり、本件自動車を被告竹内商事有限会社に賃貸している者である。

被告竹内商事有限会社は、本件自動車を被告竹内進より賃借し、これを自己の営業の用に供している者である。

よつて右被告前橋ブロツク建材株式会社、同竹内進および同竹内商事有限会社は、いずれも自己のために本件自動車を運行の用に供している者である。

しかして、前記のごとく訴外鈴木武彦は本件自動車の運行によつて、その生命を奪われたものであるから、右被告ら三名は自動車損害賠償保障法第三条に基ずき、いずれもこれによつて生じた損害を賠償する責任がある。

三、原告鈴木周作は、田一反一畝畑一反六畝二九歩を自作して農業を営み、かたわら日雇として稼働する者であるが、昭和一四年四月一八日原告鈴木ミツと結婚し、その後原告らの間に長男武彦、長女節子および二男操をうけた。

右長男武彦は、昭和三四年三月北本町中学校を卒業し、埼玉県北足立郡桶川町の三井精機工業株式会社桶川工場へ勤務し、月額金六、二五〇円の給料を得るようになつたので、原告方もようやく生計について安定の緒口がみえてきたところであつた。

しかるに、前記のごとく右武彦の不慮の死に遭い、原告らは多大の精神的苦痛を蒙つた。右原告らの精神的苦痛に対する慰藉料としては、原告両名おのおのに対し、金二五万円が相当である。

四、よつて原告らは被告ら四名に対し、各自原告鈴木周作および同鈴木ミツのそれぞれに対し各金二五万円およびこれに対する、前記事故発生の日の翌日である昭和三四年一一月二三日より支払いずみにいたるまでそれぞれ民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及ぶ。

被告ら訴訟代理人は、答弁として次のとおり述べた。

一、請求の原因一項のうち、被告高橋武俊が原告ら主張の日時場所において本件自動車を運転進行していたこと、訴外鈴木武彦が自転車に乗つて同一方向に向つて道路左側を進行していたこと、同人が頭蓋骨粉砕骨折のため死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、請求の原因二項に対して、

(一)  被告前橋ブロツク建材株式会社(以下被告前橋ブロツクという)は、同被告が本件自動車の登録名義人であり、自動車損害賠償保障法による保険の加入名義人であることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告竹内商事有限会社は、運送業者としての許可を得ていなかつたので、得意先である被告前橋ブロツク建材株式会社の名義を借用していたもので、本件自動車の保険金や税金も被告竹内商事が支払つていた。

(二)  被告竹内進は、同被告が本件自動車を購入し、これを被告竹内商事有限会社に賃貸していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  被告竹内商事有限会社(以下被告竹内商事という)は、本件自動車の運行によつて訴外鈴木武彦の生命が奪われたものであるという点は否認するが、その事実は認める。損害賠償義務は争う。

三、請求の原因三項は不知。同四項は争う。

第三、被告竹内商事有限会社の抗弁およびそれに対する原告らの答弁

被告竹内商事有限会社訴訟代理人は、抗弁として次のとおり述べた。

仮に請求の原因一項記載の事故が本件自動車の運行によつて発生したものとしても、次の事由(自動車損害賠償保障法第三条但書)により、被告竹内商事有限会社にはその損害を賠償する責任はない。

すなわち、被告竹田商事有限会社は、被告高橋武俊を運転者として雇い入れるに当つては、十分その身元調査をなし、その技能についても同人が昭和二五年六月一六日大型自動車第二種免許をうけて以来大型自動車の運転に従事し成績優秀なことを確認して、はじめて採用したもので、その後同人の運転出発に当つては毎朝安全運転の指示をなすとともに、過労に陥らないように身体および勤務状態につき注意を払つていたものである。

また、被告高橋武俊は、原告主張の事故発生場所を通過するに当り、同所道路の状況などより速度を毎時二五粁以下に下げ、前行車輛との間隔を六米位に保ち、かつ訴外鈴木武彦が乗つていた自転車の脇を通過するに際しては、二尺の間隔をおいて、かつ助手に左側を監視させ事故発生の防止に十二分の注意をなし、自動車運転者として自動車運行上の注意を怠らなかつたものである。

仮に本件自動車が右自転車に接触したとしても、それは右鈴木武彦が自転車の運転を誤つた過失により本件自動車に近寄り接触したものである。

かつ、本件自動車には構造上の欠陥や機能の障害はなかつたものである。

原告ら訴訟代理人は、右抗弁事実は否認する、と述べた。

第四証拠(省略)

理由

一、被告高橋武俊運転の本件自動車と訴外鈴木武彦(以下訴外鈴木という。)乗用の自転車との接触の有無と、同被告の自動車運転上の過失の有無の点とを除いて、原告ら主張の交通事故が発生し、この事故により訴外鈴木が原告ら主張の傷害を受けて死亡したことは当事者間に争いがない。

そこで右交通事故が原告ら主張のように接触し、かつ被告高橋の自動車運転上の過失に起因するものであるかどうかについて検討すると、成立に争いのない甲第七ないし第九号証、第一二号証と乙第一五号証に証人斉木栄三郎の証言、被告高橋武俊本人尋問の結果および検証の結果並びに前示当事者間に争いのない事実とを綜合すると右交通事故が発生した前後の事情は次のとおりであることが認められる。

即ち、右交通事故現場の道路は幅員約八、四五メートルの舗装道路であるが事故当時道路補修工事のため道路の両縁が各約〇、九メートルの幅で舗装を剥離しそのあとに約一〇センチメートル径の玉石を敷き詰めてあり、その部分が舗装路面より約一〇センチメートル低くなつていて、舗装路面と補修部分との境目が段部を形成していた状況であつたので、車輛等の通行の容易な道路幅員は約六、六メートルを残すのみであつた。被告高橋は事故当日本件自動車を被告竹内商事の事業として運転し、被告前橋ブロツクから東京の訴外文邦ブロツクに届けるブロツクを運送しての帰り途に右事故現場に差しかかつたのであるが、右道路は一七号国道で車輛等の往来が激しいうえ、当時前記のように道路工事中で幅員が狭隘であつたので毎時約二五キロメートルの速度で左側通行で進行しているうち、自己の進行方向の左側前方約八、八メートル附近の舗装部分の左端近くを自転車に乗つて同じ方向に進行していた訴外鈴木を認めた。被告高橋はその頃対向車が進行して来たのでこれと擦れ違い、その直後に訴外鈴木の自転車の右側を追い越しにかかつたのであるが、右自転車との間隔を充分にとらず、また同人の進行状況の確認および減速徐行等の処置もしないで、前記速度で同人の自転車の直近の右側を追越したため、右自転車と本件自動車の左側後部とが接触し、その衝撃により訴外鈴木が転倒し、その頭部を路面に強打して頭蓋骨粉砕骨折の傷害を負い間もなく死亡するに至つた。

本件事故発生の経緯は以上のとおりであり、甲第八号証、乙第一五号証と被告本人尋問の結果のうち各この認定に反する部分は、前掲各証拠中右認定に援用の部分と対比して信用できないし、外にはこの認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定の事実に即して被告高橋の自動車運転上の過失の有無について考察するに、自動車運転者が前記のような状況のもとで自転車を追い越す場合には自転車との距離を充分に保つて追い越すか、自転車の進行状況を確認しながら適時適宜の処置を施し得るような速度に減速徐行して追い越すべき業務上の注意義務があるというべきであるから、被告高橋が右の処置をしないで前記認定のような運転方法で追い越したことは自動車運転者として遵守すべき注意義務に反するものといわなくてはならない。そして訴外鈴木の前記受傷と死亡とが被告鈴木の右自動車運転方法の瑕疵に基因するものであることは右認定の事故発生の経緯に照して明らかであるから訴外鈴木の受傷、死亡が被告高橋の自動車運転上の過失と因果関係を有することは云うまでもない。

したがつて被告高橋は右不法の行為によつて生じた後述の損害を賠償する義務がある。

二、次に被告前橋ブロツクと被告竹内商事の損害賠償責任について考察を進めるに、本件自動車の運行、使用の関係は次のとおりである。

即ち、本件自動車が被告前橋ブロツクの名義で登録され、自動車損害賠償責任保険も同被告名義で契約されていることは当事者間に争いがなく、原本の存在および成立に争いのない甲第一四号証、証人山口清の証言によつて真正に成立したことを認める乙第八号証、証人竹内律子の証言によつて真正に成立したことを認める乙第四号証の一ないし八と証人山口清、同竹内律子の各証言および被告竹内進本人尋問の結果によれば、本件自動車は被告竹内進の個人所有のもので、これを被告竹内商事に賃貸し、(この点原告らと被告竹内商事、被告竹内進との間に争いがない。)被告竹内商事は本件自動車で運送事業を経営していたが、その事業について道路運送法所定の運輸大臣の免許がなく、自動車運送事業を行う適法な資格がないところから、被告前橋ブロツクの名義を借りて本件自動車を同被告が自家用車として自家のブロツクを運送するという形式をとり、主として同被告の貨物の運送を行い、その運送賃の支払を受けることを業としていた。このため、本件自動車の登録名義と保険加入名義を前述のように被告前橋ブロツク名義とした外車体検査証も同被告の名義で受け、また本件自動車の車体に同被告の商店名を表示して被告前橋ブロツクの自家用車と見られるような外観を作つていた。被告前橋ブロツクは被告竹内商事の本件自動車による運送事業について自己の名義を用いることを許容する代りに、必要なときに随時被告竹内商事に指示して自己のブロツクを運送させることができ、また一般の運送業者に運送を請負わせる場合に比較して運送賃の値引きや丁寧な荷扱による便益を受けるなど、本件自動車の運行によつて直接の利益を享受していた。

本件自動車の運行、使用の関係は以上のとおりであつてこの認定に反する証拠はない。

以上認定の本件自動車の運行態様に照してみれば、被告竹内商事は本件自動車を自己のために運行の用に供するものであり、また被告前橋ブロツクも本件自動車の運行によつて直接の利益を享受するばかりでなく、本件自動車の運行自体についても自己の支配力を及ぼし得る地位にあつたことが明らかであるからやはり本件自動車を自己のために運行の用に供するものに該当するものと解するのが相当である。

そして、前記交通事故が被告竹内商事の事業の執行中即ち本件自動車による運送中に発生したものであることは前述のとおりであるから、訴外鈴木の前記受傷および死亡が被告竹内商事の自動車の運行によつて生じたものであることは勿論であるし、他方これが被告前橋ブロツクのブロツク運送によることも前述のとおりであるから同被告の自動車の運行によつて生じたものと解すべきこともすでに説明したところから明らかである。

したがつて被告前橋ブロツクおよび被告竹内商事は特段の事由がなければ自動車損害賠償保障法第三条により訴外鈴木の受傷、死亡によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

被告竹内商事は同法第三条但書の免責事由を主張するけれども、前記認定のとおり運転者たる被告高橋に本件自動車運転上の過失があり、これが訴外鈴木の受傷、死亡の原因であるし訴外鈴木に過失があつたことを認むべき証拠もないのであるから、同法条但書の適用の余地はなく、他に同被告らの損害賠償責任を否定すべき事由の主張はない。

三、次に被告竹内進の損害賠償責任について考察するに、本件自動車が同被告の所有であり、被告竹内商事に賃貸しているものであることは当事者間に争いがなく、被告竹内進が本件自動車の賃貸料を受けていることは証人竹内律子の証言によつて認めることができるけれども、本件自動車は前述のとおり専ら被告竹内商事の事業の用に使用されているもので、被告竹内進は本件自動車の賃貸料を取得し、また後記認定のとおり同被告の主宰する被告竹内商事の経営が本件自動車の運行によつて成り立つているという間接的な利益を受けると解される外には、本件自動車を直接自己のために運行し、或は運行による利益を享受していることを認むべき資料はない。このように自動車の運行により間接的な利益を有するに止まるときは、その利益収受者は、たとえばドライブクラブの如く自動車を他人に賃貸して運行させることを業とする場合等とは趣きを異にし、自動車損害賠償保障法第三条所定の自己のために自動車を運行の用に供する者に当らないと解するのが相当である。

したがつて被告竹内は、右法条所定の賠償責任を負わないものというべきである。

四、そこで訴外鈴木の前記受傷および死亡によつて生じた損害について考察を進める。

成立に争いのない甲第一ないし第四号証と原告鈴木周作本人尋問の結果を綜合すると、原告らは訴外鈴木の父母であつて、長男たる同人の外長女節子、次男操の三児をもち、自己所有の家屋敷と田畑約二反七畝を所有し、主として原告ミツが農業に従事し、原告周作は日雇労務者として働く傍ら農業に従事して生活していたこと、訴外鈴木は昭和一八年七月二五日に原告らの長男として生れ、同三四年三月中学校を卒業してすぐ三井精機工業株式会社桶川工場に就職し当時満一六歳で月額六、二五〇円の給料を受けていたが本件交通事故で死亡し、この事故に遭わなければ将来順次昇給し得る見込みであつたことが認められる。

したがつて原告両名が長男である右武彦の将来に希望を托していたのに、同人の不慮の事故死にあい甚大な精神上の苦痛を蒙つたであろうことは推察するにあまりがあるというべきである。

他方証人山口清の証言によつて真正に成立したことを認める乙第一号証の一と同証人の証言によれば被告前橋ブロツクはコンクリートブロツクの製造販売を事業とする資本金一五〇万円の小会社であることが認められ、被告竹内進本人尋問の結果によれば被告竹内商事は、被告竹内進の主宰する資本金三〇万円のいわゆる同族会社で当時本件自動車一台を唯一の手掛りとして自動車運送事業を経営していたものであることが認められ、前顕甲第八号証と被告高橋武俊本人尋問の結果によれば、同被告は事故の約七年前頃から被告竹内商事に自動車運転手として勤務し月額一二、〇〇〇円程度の給料を受け、妻と二男一女を扶養しているものであることが認められる。

しかして、原告周作本人と被告竹内進本人の各尋問の結果によれば、原告らは訴外鈴木の葬儀費用として約六八、〇〇〇円の支出をした外死亡前の入院費用として約五、五〇〇円の出費をなし、自動車損害賠償保障法による保険金三〇万円を受取つたが、被告らは、被告竹内進が葬儀に当り香典一、〇〇〇円と果物籠一籠を原告らに贈つただけであり、その後示談交渉が行われたものの、被告らの側から、本件自動車と訴外鈴木の自動車とが接触した形跡がないとして示談金一万円の提供を申し入れ、それ以上の慰藉の意を表わさなかつたため示談不成立のまま現在に至つていることが認められ、この認定に反する証拠はない。

以上認定の諸事情を綜合考察すれば、原告らの蒙つた精神上の苦痛は各金二五万円をもつて慰藉されるものと認められる。

五、以上の次第であるから、被告竹内進を除くその余の被告らは各自原告らに対し慰藉料として各金二五万円とこれに対する事故発生の日の翌日である昭和三四年一一月二三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告らの請求は右の限度で理由があるから認容し、被告竹内進に対する請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村弘義 伊藤豊治 羽生雅則)

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